五色の歴史

寛永寛永年間創業以来、雅の城下町、四国松山に伝統の風味を伝えて約三百七十年。
当社は、その老舗としての信頼を礎に、ふるさと愛媛の食品産業の一翼を担ってきました。 私たちは、これからもいつの時代にも愛されてやまない日本を味を大切に育てていきます。

歴史

愛された郷土の美味
昔から五色そうめんを愛した文人墨客は数知れません。近松左衛門もその一人。親交のあった松山の豪商より贈られた五色そうめんを「味はいうまでもなく、その美しい姿はまるで暗く冷たい冬の日に輝きながら、舞い踊っている陽炎のよう」と賞しています。正岡子規は「文月のものよ五色の糸そうめん」という句を残し、門下の長塚節も、道後温泉へ来遊の際に食したことを日記に書きとめています。そして今ななお、松山を訪れる各界の著名人たちに、郷土の美味として食され愛されています。
「そうめん伝統の製法を最新の設備で」
精選された小麦粉を使用し、時間をかけて、低温熟成させて、じっくりと乾燥してつくりあげる五色そうめん。その命はこしの強さにあります。五色そうめんならではの強いこしと滑らかなくちざわりの秘密は長年続けられてきた色麺の製法です。梅肉や抹茶を練りこむ手延そうめんの製法は難しく、長年の研究で麺のこしを強くする製法を築き上げました。麺づくりは、その日の気温や湿度により塩水温度や加水率が変化するといわれています。当社では、伝統の製法を守りながら、
最新の設備で、最適の環境のもと風味豊かな美味を創つくり出しているのです。
寛永年間創業灼三百七十年の歴史に支えられて
創業者は、寛永12年(1635年)、松平定行の松山赴任に従って移り住んだ長門屋市兵衛。五色のアイディアは享保7年(1722年)、八代目市左衛門の娘が椿神社への参拝の折、美しい五色の糸が下駄に絡みついたのを見て、父親に「そうめんに五色の色をつけてみては?」と進言したのがきっかけです。その彩は評判になり、参勤交代の際に献上、好評を博しました。朝廷でも「美麗五色は唐糸の如く美し」と賞賛され、一躍全国的に知られるようになったのです。